学生時代にホテル業務のノウハウを学び、地元・岐阜県を離れて1981年に万平ホテルの一員となった西川眞司。現在は支配人を務める西川が、43年間お客様をお迎えするなかで目にしてきた事や感じたこと、そして、創業130周年を迎えた万平ホテルに対する想いについて聞きました。

支配人自らが、ときには皿洗いまでもこなす。
肩書きにとらわれない、現場第一主義の姿勢

友人とふたりで面接を受けに、クルマでこの地を訪れたのが万平ホテルとの出会いとなりました。
車中泊をして、いざ面接というときに着替える場所がなくて、あわてて警察署でスーツに着替えさせてもらったんです（笑）。そのとき警察官の方に『頑張ってください。あそこはすごいホテルですから』、そう声をかけてもらったことを今でも覚えています。

入社当初はベルボーイを任されていたのですが、当時はふたりだけ。
上司の指示でテレビ番組の企画にホテルを代表して出演したこともありましたし、ホテルには多くの著名人や政界の方もお越しになるなど、たくさんの貴重な体験をさせてもらいました。
働きながらこのホテルの凄さというか、歴史が培ってきたお客様からの信頼のようなものを目の当たりにした感じがしましたね。その信頼を裏切らないために、すべてのスタッフが協力してサービスにあたります。

現在は肩書きこそ支配人ですが、支配人室でマネジメント業務ばかりやっているわけではありません。
とにかくお客様のために走り回って、急な頼まれごとであろうが何であろうが、何でもやるわけです。もちろん支配人としてホテル全体の動きに目を向けていますが、忙しいときはカフェテラスでお皿を洗ったり、サービスに出たり、とにかく何でもこなす。
そういう、昔からのスタッフ全員現場第一主義的なところもまた、万平ホテルが受け継いできた伝統の一つなのかもしれません。

お客様との信頼関係が築き上げてきた、マニュアルの存在しないおもてなし術

“万平ホテルといえばおもてなし”というようなことをよくおっしゃっていただくのですが、実はそのことについてマニュアル化しているわけでもないんです。
『おもてなしは心なり、ホテルは人なり。』という創業者・佐藤万平の言葉を、スタッフが真摯に受け継いできただけのこと。役職を問わず、個々がその言葉を胸に日々業務にあたりますし、スタッフはみな先輩たちの背中を見て育っているので、自然とおもてなしの心が受け継がれているんだと思います。

ただ、強いてあげるとすればお客様との交流を通じて、いろいろと教えていただいているような気がしますね。
万平ホテルは明治時代から避暑地・軽井沢でリゾートホテルをやっているわけですから、お客様はご自分の別荘としてご家族と一緒に毎年夏を過ごされる方が多くいらっしゃいました。なかには私が入社するずっと前から、毎年来られている常連のお客様もいらっしゃいます。

そうしたお客様に対して、自然と『おかえりなさいませ』と、お迎えしてゆっくりとお過ごしいただく。
お客様もそれを期待してお越しくださるわけですし、そこにスタッフは全力で応えなければいけない。“お客さまにご迷惑をおかけしない”という信頼関係を保とうとする気持ちこそが、おもてなしの心につながっているのかもしれませんね。
130年も続くホテルということで、そのブランドが重くのしかかるわけですし、だからこそ適当なことはできない。そうした使命感があったからこそ、私も40年以上万平ホテルのスタッフとして携わることができたのだと思います。

受け継ぐべき部分を見極め、みなさまにご満足いただける新しい万平ホテルに

これまでは館内設備の老朽化に伴い一部のお客様にご不便をおかけするケースもありましたが、そうしたハード面がリニューアルされ、より快適にお過ごしいただけるようになるのは私としても非常にホッとしています。
それと同時に、万平ホテルとして変わらない部分、いわば“受け継ぐべき部分を見極める”という大切な節目になるとも考えています。130年のなかで守り続けてきた多くの伝統とともに、変えてこなかった事柄を時代にあわせて調整していくのにいちばんいいタイミングなのではないかと。

そして、昔から変わらずに万平ホテルを愛してくださるお客様や、これまで万平ホテルを知らなかったお客様に対して、新しい万平ホテルについてご説明を差し上げて、期待していただくこと。そこがいちばん大切なところかなと個人的には思っていて。
それこそが、長年万平ホテルと共に歩んできた私に課せられた、重要な役目だと思っています。